
Mr.Children「もっと」の解説と歌詞考察だよ♪
裸電球に似た光
楽曲紹介
楽曲収録CD
| 概要 | 収録作品 | 発売日 |
|---|---|---|
| 13th ALBUM | HOME | 2007年3月14日 |
作詞:桜井和寿/作曲:桜井和寿/編曲:小林武史&Mr.Children
アルバム『HOME』累計売上:120.7万枚
豆知識

本楽曲のリズムトラックは10th ALBUM『IT’S A WONDERFUL WORLD』の時にレコーディングしていたものなんだって!1

歌詞も当時(2001~2002年頃)書いたものなんだぜ。2
アルバムジャケット情報
- 撮影場所:ハワイ「マウイ島」
- 正月に撮影された
- アートディレクター:森本千絵
- 桜井さんより「人間の体の7割は水でできているくらい当たり前のことを新しく表現してください」とメッセージを受け制作された
- 登場しているのは全て本物の家族
- 制作にあたり森本さんは「誰かが1人でも欠けてたら私が生まれていないことに気づいて、それを形にしたいです」と提案した
MV(ミュージックビデオ)情報
なし
ミュージックビデオはございません
タイトルについて

もっと もっと、一歩一歩、自分の心を広げていきたいという思い。
歌詞考察
桜井さんのインタビュー3で歌詞についてこのように語っています。
・「悲しみの場所」とは“グラウンドゼロ(2001年9月11日に起きたアメリカ同時多発テロで破壊された、ニューヨークのワールドトレードセンターの跡地)”のこと。
・「世界は誰にでも門を開いて待っている」→「請求書と一緒に」は“資本主義”のこと。
と解説。
上記を参考にしながら歌詞考察を行っていきます。
1番 Aメロ(悲しみの〜)
悲しみの場所に灯された裸電球に似た光
<出典>Mr.Children/もっと 作詞:桜井和寿
それはほら吹きに毛の生えたにわか詩人の蒼い願い
大切なものが失われた「悲しみの場所」。
そこに灯る「裸電球に似た光」は、小さくて頼りない光。
この「光」とは、「悲しみの場所」に捧げる主人公の祈りや願いです。
でも彼は自分のことを「ほら吹きに毛の生えたにわか詩人」だと表現。
“こんなちっぽけな自分が、平和や希望を願うことに意味があるのだろうか?”
“現実を変えるにもきっと限界がある”
そんなふうに主人公自身が、その無力さを痛いほど分かっているのでしょう。
だからこの願いは、小さくて頼りない「蒼い願い」。
それでも主人公はこの場所で願い、祈り続けています。
そうしているのはきっと、「例え裸電球のように小さな光であっても、何もない暗闇よりはきっとましだ」と、信じているからなのだと思います。
1番 Bメロ(華やぐ〜)
華やぐ季節がそこまできてるのに
<出典>Mr.Children/もっと 作詞:桜井和寿
相変わらず心をどこかに置いたまま
時が流れ新しい季節が訪れるように、少しずつ街は明るさを取り戻していく。
でも主人公の心は、その変化についていくことができません。
景色は華やいでいくのに、自分の心だけは”あの日”から動けないまま。
悲しみを目の当たりにしたことで、以前と同じように笑ったり、明るい未来を思い描いたりすることができなくなってしまったのです。
どれだけ時が流れても癒えない、悲しみへの戸惑いが描かれています。
1番 サビ(暗い目を〜)
暗い目をしてたって
<出典>Mr.Children/もっと 作詞:桜井和寿
この星のリズムは
君に笑顔を降らすから
きっと きっと きっと
君もまた、悲しみを抱え暗い目をしている。
そして「この星のリズム」は常に動いている。
ここで歌われている「この星のリズム」は、季節や時間の流れだけではありません。
人と人が出会い、誰かが誰かを愛し、命が生まれては消えていく。
そんなこの地球上で繰り返される、あらゆる循環を表しているのではないでしょうか。
世界が悲しみに覆われても、人は働き、食事をし、誰かと話し、また日常を築いていく。
だから今は暗い目をしていても、生きている限りきっといつか思いがけない出会いや出来事が笑顔を運んでくる。
「きっと きっと きっと」という繰り返しには、そんな未来を信じようとする、主人公の祈るような願いが込められているように感じます。
2番 Aメロ(ヘッドホンで〜)
ヘッドホンで塞いだはずの理由のない孤独な叫び
<出典>Mr.Children/もっと 作詞:桜井和寿
やわな手足をもぎ取られたバッタみたいに踠く思い
ヘッドホンで音楽を流し耳を塞ぐことで、悲しいニュースも心の不安も、聞こえないことにしようとした。
だけど、どれだけ耳を塞いでも「孤独な叫び」は消えてくれない。
それは悲しみの中にいる誰かの叫びとも、自分自身の心の叫びとも受け取れます。
そしてその叫びには「理由」がない。
なぜこんなにも苦しいのか。
この苦しみは、「やわな手足をもぎ取られたバッタみたいに踠く思い」であると表現。
手足を失ったバッタは、前へ進むことも逃げ出すこともできません。
ただ必死に身体を動かし、踠くことしかできない。
主人公の心も、何かをしたいと願いながら、実際には何もできずにいるのでしょう。
2番 Bメロ(世界は〜)
世界は誰にでも門を開いて待っている
<出典>Mr.Children/もっと 作詞:桜井和寿
平等の名の下に請求書と一緒に
誰にでも「生きる権利」が平等に与えられている“かのように見える”現代社会。
人は誰もが生きることを許されていて、すべての人が同じスタートラインに立っているように見えます。
でも実際には、その“生きる”という行為そのものに必ず「お金(請求書)」という壁が立ちはだかる。
住むにも、食べるにも、学ぶにも、病気を治すにも費用がかかり、ただ生きることが経済的な条件に左右されてしまいます。
「誰にでも生きる権利がある」とされる世界が、実際にはそれの実現に大きな条件を課しているという矛盾と理不尽さが描かれています。
2番 サビ(そんな理不尽も〜)
そんな理不尽もコメディーに見えてくるまで
<出典>Mr.Children/もっと 作詞:桜井和寿
大きいハートを持てるといいな
もっと もっと もっと
もっと もっと もっと
前のセクションで描かれたのは、平等を掲げながらも、実際にはお金や環境によって生き方が左右される社会の矛盾です。
主人公はその理不尽さすら「コメディー」に見えるほどの大きな心を持ちたいと願っています。
ここ(2番)での「コメディー」は、理不尽さに悲観せず、「なんて矛盾した世界だ」と社会を俯瞰で見て思う滑稽さのように感じます。
そしてそう受け止められる「大きいハート」を持ちたいという願い。
続く繰り返される「もっと」というフレーズに、一歩一歩、自分の心を広げていきたいという思いが込められているように感じます。
3番 Bメロ(夜ごとの〜)
夜ごとの花火はもう上がらなくていい
<出典>Mr.Children/もっと 作詞:桜井和寿
心に消えない光が咲いてるから
このフレーズはいくつかの解釈ができますが、「花火」を誰かからの励ましや慰めに置き換えると、伝えたいことは「もう誰かの言葉がなくても立ち上がれる」という実感なのだと思うことができます。
暗い夜を照らす綺麗な花火は、悲しみの中にいる自分を励ましてくれる言葉や、心を慰めてくれる誰かの優しさにも似ている。
もちろんそれに救われることはあります。
でもどれだけ綺麗で大きな花火も、すぐに消えてしまう。
だけど主人公の心には既に”消えない光”、”消えない花火”が咲いていて、「もう夜ごとに花火を上げてもらわなくても大丈夫」と思えることができたのです。
ラスサビ(暗い目を〜)
暗い目をしてたって
この星のリズムは
君に笑顔を降らすから
きっと きっと きっとどんな理不尽もコメディーに見えてくるまで
<出典>Mr.Children/もっと 作詞:桜井和寿
大きいハート持てるといいな
もっと もっと もっと
もっと もっと もっと
以前のセクションと同じフレーズを繰り返しながらも、主人公の心は最初と同じ場所にはいません。
「裸電球に似た」頼りない「光」だったものが「もっと大きいハートを持ちたい」と願うことで、誰かに消されることのない「光」へと変わっていきました。
だから、このセクションで歌われる「コメディー」には、悲劇や矛盾を抱えながらも、笑顔を失わずに生きられる世界、希望に満ちた世界を願う気持ちが込められているように感じます。
「コメディー(喜劇)」は「トラジティー(悲劇)」の対義語です。
もちろん、既に起きてしまった悲劇や理不尽さが、そのまま喜劇に変わるわけではありません。それでも「きっと きっと」と希望を信じて、「もっと もっと」と心を大きくしていく。
いつかそれらを受け止め、希望に変えていけるような大きなハートを持ちたい。
そんな主人公の願いが、この曲には込められているのだと思います。
聴きどころ
メロディー
サビメロの音の跳躍がなだらかでなく、ところどころで予想外の音に飛んだりするので歌うのが難しい印象です。
でも、その少し不安定なメロディーが、迷いや不安を抱えた『もっと』の世界観によく合っているようにも感じます。
切ないけど、何度も「もっと もっと」と繰り返すフレーズが最後にあることで、“自分も頑張ろう”と思えるような構成になっていますね。
アレンジ
豆知識の項目で記載しましたが、本楽曲のリズムトラックは10th ALBUM『IT’S A WONDERFUL WORLD』と同時期にレコーディングしていたものを使用しているようです。
そのため桜井さんは、「過去の鈴木くんのドラム・プレイに合わせるのは大変だった」と語っていました4。
そんなJENはアレンジについて、「フルートが素敵ですね」とコメント5。
本当にこの曲のフルートは良いですよね。
僕がフルートという楽器の良さに気付かされのは、確実に『もっと』のイントロです。
山本拓夫さんグッジョブですね。
著名人の感想
随時更新します
ライブ&テレビ披露
ライブ
- “HOME” TOUR 2007
- “HOME”TOUR 2007 ~in the field~
- ap bank fes ’11 Fund for Japan
- Hall Tour 2016 虹
- Hall Tour 2017 ヒカリノアトリエ(一部公演)
オススメ映像作品
Mr.Children”HOME”TOUR 2007 ~in the field~
『”HOME” TOUR 2007』では、ロボットが一生懸命ランタンを運んでいるシーンがあり、そのランタンに灯した火を、大きな穴に落としていくところで映像が終わるのですが、『”HOME”TOUR 2007 ~in the field~』ではその先が描かれます。
ロボットたちが歩いていたのはハート型の星であり、運んでいた火は「心の灯火」。
心にぽっかり空いた穴に小さな火をくべていたのです。
演奏は共に少しテンポを落としたライブアレンジ。
どちらもオススメですが、全てがつながる『”HOME”TOUR 2007 ~in the field~』が一推しです。
テレビ
なし
まとめ
初めて聴いた時は、楽器の音色の美しさと「もっと もっと」と繰り返されるフレーズがとても耳に残る曲だなぁという印象でした。
豆知識の項目でふれましたが、『もっと』は10th ALBUM『IT’S A WONDERFUL WORLD』の時に制作された楽曲。
年代でいうところ、2001〜2002年頃。
ファンの間では有名な話ですが、この曲は2001年9月11日に起きたアメリカ同時多発テロをきっかけに作られています。
世界中の人がテレビを通して、現実とは思えない光景を目撃した9.11。
あの衝撃な映像は今でも忘れられません。
だけどこの曲はそれだけを題材にしているわけではなく、もっと身近な生活にもリンクするような内容になっています。
“悲しみを消せないことも世界が簡単には変わらないことも分かっている、それでも希望は持ち続けたい“。
そんな歌です。
さて、何故『IT’S A WONDERFUL WORLD』には収録されず、時を経て『HOME』に収録されたのか?
桜井さんはこのように語っています。
「9.11のときに出来た曲なんですよ。だから、あまりにも自分の中でそのイメージが強すぎたので、発表する気にならなかった。6」
「時間が経って改めて聴いて、そのイメージが薄れた時に聴いてみると、どんな日常にもリンクしていける想いみたいなものが『もっと』の中にはあって、だったら『HOME』に入れてもいいかなと思って。7」
この曲は、苦しみのない世界を願う歌ではなく、「苦しみのある世界をどう生きるか」という仏教的な考え方で聴くこともできると思います。
仏教には「諸行無常」という言葉がありますが、それは「すべてのものは変化し続け、同じ状態にとどまることはない」という意味です(僕も桜井さんの影響で最近チャッピーと一緒に仏教について語っています笑)。
私生活で悲しいことや苦しいことがあった時、自分の心だけが止まっているように感じることがあります。
でも「この星のリズム」は刻み続けている。
だからこそ、「きっと」と希望を信じながら、「もっと」と少しずつ心を大きくしたい。
そんな、少しでもより良く生きていたいという願いが、桜井さんのいう“どんな日常にもリンクしていける想い”に繋がるのかなと思います。
だから『HOME』というアルバムにぴったりなんですね。
準備中
- WHAT’s IN? 2007年4月号 ↩︎
- 別冊カドカワ Mr.Children 2007年 ↩︎
- WHAT’s IN? 2007年4月号。 ↩︎
- WHAT’s IN? 2007年4月号 ↩︎
- WHAT’s IN? 2007年4月号 ↩︎
- WHAT’s IN? 2007年4月号 ↩︎
- Mr.Children”HOME”TOUR 2007 ~in the field~ ↩︎




